句の意味・現代語訳

原文
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける
日本語訳
あなたのおっしゃることは、さて昔のままであるかどうか分かりません。馴染みの深いこの里では、花は昔のままにいい香りを漂わせています。

句の作者

紀貫之(生年不詳〜945)

紀貫之(きのつらゆき)は、平安時代前期を代表する歌人。「古今集」の選者の一人で、三十六歌仙の一人。日本最初のかな日記である「土佐日記」を著したことで知られています。

句の語句語法

人は「古今集」の詞書によると、長谷寺参詣の際にいつも決まって泊まる宿の主人が、貫之の足が遠のいたことについて文句を言ったとある。このことから、「人」は、その主人を指す。また、贈答歌だと「人」は直接相手を指すが、ここでは後の「ふるさと」と対比した、一般的な「人間」という意味も含む。「は」は、区別を表す係助詞。
いさ心も知らず「いさ」は下に打消の語をともなって、「さあどうだろうか、~ない」という意味を表す陳述の副詞。「心」は、本心。「も」は強意の係助詞。「ず」は、打消の助動詞。「心も知らず」は「気持ちも分からない」の意味。よって「いさ心も知らず」は「さあどうだろうか。本心かどうか、(私は)あなたの気持ちも分からない」を意味する。二句切れ。
ふるさとは「古い里・古くからなじんだ場所・生まれた土地・古都」などの意味があり、この場合「古くから慣れ親しんだ場所」を意味する。「は」は、区別を表す係助詞。「人は」に対応する句となる。
花ぞ昔の香ににほひける「花」は普通桜を指すが、この場合は、「香ににほひ」とあり、「梅」を指す。「人の心」と「ふるさとの花」が対置されている。「ぞ」は、強意の係助詞。 「にほひ」は、動詞「にほふ」の連用形で、「花が美しく咲く」の意味。色彩の華やかさを表現する言葉だが、平安時代になると視覚の美しさだけでなく、嗅覚のかぐわしさも表す。「けり」は、詠嘆の助動詞「ける」の連体形で、今まで意識していなかった事実に気づいたことを表す。また、「ぞ」結びの関係。よって「花ぞ昔の香ににほひける」は、「梅の花は昔と同じ香りを匂わせているなあ」を意味する。これは、主人の心を「花の香」になぞらえ、「あなたが昔と同様に暖かく迎えてくれるのはお見通しですよ」ということを暗に示している。また、全く異なる解釈として、「花の香は今も昔も同じだが、人の心は変わりやすく、あなたの心も私の知ったことではない」とする説もある。この歌は、主人の不満に対する即興の返答であり、親しさゆえの皮肉まじりの会話なのか、身も蓋もない険悪な反論なのかで見解が分かれている。

句の季節・部立

季節・部立

句の出典

出典
古今集

句の決まり字

決まり字
ひとは

句の詠み上げ

句の英訳

百人一首の句の英訳です。英訳はClay MacCauley 版を使用しています。

英訳
No! no! As for man, How his heart is none can tell, But the plum's sweet flower In my birthplace, as of yore, Still emits the same perfume.