句の意味・現代語訳
原文 わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり |
日本語訳 私の庵は都の東南にあって、このように心のどかに暮らしている。しかし、私がこの世を辛いと思って逃れ住んでいる宇治山だと、世間の人は言っているようだ。 |
句の解説
宇治での隠棲生活ののどかな心を現しています。世間の人は宇治山と言うと、「憂し」とかけて私が世の中を憂しと思ってここに隠棲していると思うようですが、自分としては何の屈託もなく心のどかに住み暮らしているのだと伝えています。人は人、自分は自分という考え方が、「我が庵は…すむ」「世を・・・人はいふなり」という対比した言い回しに主張されています。
世捨て人にありがちな人生のかげりはなく、自由で洒脱の明るさがあります。宇治は早くから世間の属人を離れた清遊の里とされ、貴族の別荘も多い場所でした。10世紀後半以降、浄土教が流行すると共に、西方浄土を想像するに格好の地と思われるようになりました。
源氏物語では宇治十帖の舞台となり、また藤原頼通は、父道長の別荘を寺に改めて平等院鳳凰堂を建立しています。
句の作者
喜撰法師(9世紀後半)
9世紀後半の人。六歌仙の一人ですが、喜撰の作とされるのはこの一首のみで、宇治山の僧侶という意外に詳細な経歴は分かっていません。
句の語句語法
わが庵は | 一首は、「わが庵は・・・しかぞすむ」「世を・・・人はいふなり」という二段構成になっている。 |
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辰巳 | 東南。十二支の方位で、辰と巳の中間の方角である。 |
しかぞ住む | 「しか」は、このようにの意の副詞。具体的な内容は、後の「世を憂」に対して、のどかな気持ちで、ぐらい。 |
世をうぢ山と | 「う」は「宇(治)」と憂しの掛詞。「憂し」はつらい・情けないの意。宇治山は京都府宇治市の東にあり現在は喜撰山と呼ばれている。 |
人はいふなり | 「人」は世間一般の人。系助詞「は」に、自分はそう思わないのに、という気持ちを込める。なりは伝聞の意の助動詞。 |
句の英訳
百人一首の句の英訳です。英訳はClay MacCauley 版を使用しています。
英訳 |
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My lowly hut is Sheltering the harvest-hut Southeast from the capital. Thus I choose to live. And the world in which I live Men have named a “Mount of Gloom.” |